2005年10月28〜30日の3日間、弊社諏訪工場前を走る中央本線(茅野〜岡谷間)を、蒸気機関車D51の牽引する特別列車が走りました。この路線を乗客を乗せてSLが走るのは40年ぶりということで、沿線にもたくさんの人が集まり、迫力ある走りを見守りました。
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| タケヤ工場前を走るSL | 右に見えるのがタケヤの蔵 |
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この列車は、中央本線の開業100周年を記念して運行されたものです。
中央本線で最も標高の高いエリアでもある富士見〜岡谷間が開通したのは、1905年(明治38年)11月25日のことです。開業に至るまで、明治期の日本の輸出を支えた製糸業者をはじめとする、産業関係者が積極的に誘致運動をしたとの話が残っており、旅客運送だけでなく、貨物輸送のためにこの路線が熱望されていたことがわかります。
そして、この鉄道の開通は、諏訪のみそ製造業者にも大きな影響を与えました。弊社工場の最寄り駅である上諏訪駅から発送された貨物の変遷をみると、そのことがよくわかります。
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左は開業間もない1918年(大正7年)の発送貨物の割合です(重量ベース)。諏訪の名産品である鉄平石を中心とした石材の発送が圧倒的な1位になっています。
これに対して、右に示した1932年(昭和7年)の発送貨物の割合を見ると、その石材をも上回り、みそが第1位になっています。諏訪のみそが各地にどんどん発送されたことがわかります。
このきっかけとなったのが、1923年(大正12年)の関東大震災です。このとき、中央本線が東京までつながっていたおかげで、諏訪のみそを救援物資として関東地区に送ることができたのです。そのときに諏訪のみその品質の良さが関東の皆さんに認められ、その後も出荷を続けることになりました。
すなわち、この中央本線が、現在の諏訪みその基礎を築いてくれたと言うこともできるのです。
100年の間に時代は変わり、みその発送は貨車積みからコンテナに代わりました。上諏訪駅の貨物取扱いも1984年に終わり、現在は南松本駅に集約されています。一方で、環境に優しい物流として、鉄道輸送が見直されています。
そしていまでも、タケヤは鉄道での商品発送を続けています。先輩から受け継いだ資産を大事に引き継ぎつつ、これからもおいしいみそを各地にお届けしたいと思います。
今年一年間のご愛顧、誠にありがとうございました。よいお年をお迎えください。
(参考資料)諏訪市博物館 第44回企画展『機関車が並んでいた駅 上諏訪』(2005年7月23日〜11月27日)展示資料。
(2005年12月)